——「子ども向け」を卒業したはずの私たちが、戻ってくる理由
「子どもと一緒に見ているうちに、
気づいたら自分のほうが真剣に見ていた」
「昔の思い出補正かと思ったけど、
今見たほうが刺さる気がする」
スーパー戦隊や仮面ライダーに
大人になってからハマる人は、実は少なくありません。
それは、幼稚になったからでも、
現実逃避でもありません。
むしろ逆で、
ちゃんと大人をやってきたからこそ刺さる
理由があります。
善悪がはっきりしている世界は、大人の脳にやさしい
現実の世界は、
- どちらが正しいか分からない
- 正解が一つじゃない
- 正しくても報われない
そんな場面の連続です。
一方、スーパー戦隊や仮面ライダーの世界は、
- 守るべきものが明確
- 悪は悪として描かれる
- 迷いながらも戦う理由がある
これは、
疲れた大人の脳にとって非常に分かりやすい構造。
考え続けなくていい。
「何が正しいか」を委ねていい。
その安心感が、
思っている以上に大きいのです。
大人になると「正義」を語る場所がなくなる
子どもの頃は、
- 正しいこと
- かっこいい生き方
- 守るべきもの
を、まっすぐ語っても許されました。
でも大人になると、
- 理想論だと言われる
- 現実を知らないと思われる
- 空気を読めと言われる
そんな経験を重ねていきます。
スーパー戦隊や仮面ライダーは、
正義を真剣に語っていい数少ない場所。
だからこそ、
大人になってから見ると、
胸の奥に引っかかるのです。
ヒーローは「強い人」ではなく「迷う人」になった
最近のシリーズを見て驚く大人も多いはずです。
- 完璧じゃない
- 迷う
- 失敗する
- それでも立ち上がる
これは、
子ども向けというより、大人向けのテーマ。
責任、選択、後悔。
それでも誰かのために動く。
この姿に共感するのは、
人生経験を積んだ大人だからこそです。
変身シーンは「切り替えの儀式」だから刺さる
変身シーンは、
子ども向けのお約束に見えます。
でも大人の目で見ると、
あれはとても象徴的です。
- 日常から非日常へ
- 迷っている自分から覚悟した自分へ
- 弱さを抱えたまま、一歩踏み出す
現実では、
そんな切り替えの儀式はありません。
だからこそ、
変身という「区切り」が、
大人の心に響くのです。
昔より「重たい物語」を受け取れるようになった
子どもの頃は、
- かっこいい
- 強い
- 勝った
それだけで十分でした。
でも大人になると、
- なぜ戦うのか
- 失ったものは何か
- 守る代償は何か
が見えてくる。
同じ作品でも、
受け取れる層が変わっただけ。
スーパー戦隊や仮面ライダーは、
成長に合わせて
違う顔を見せてくれるコンテンツです。
実は「安心して泣ける」場所でもある
大人になると、
- 感情を出す場所が減る
- 弱音を吐きにくい
- 泣く理由を説明しなきゃいけない
ヒーローものは、
- 泣いてもいい
- 感動してもいい
- 理由を説明しなくていい
そんな 安全な感情の出口 でもあります。
まとめ:大人がハマるのは、ヒーローが“大人向け”になったから
スーパー戦隊や仮面ライダーに
大人がハマるのは、
- 現実が複雑になったから
- 正義を語れなくなったから
- 迷いながら生きるようになったから
そしてヒーローたちが、
その現実に寄り添う存在になったから。
子ども向けだからハマるのではなく、
大人向けの要素を、子ども向けの形で描いている。
それが、
今も多くの大人を惹きつける理由です。
疲れた夜に、
ヒーローが立ち上がる姿を見る。
それは逃げではなく、
もう一度前を向くための休憩
なのかもしれません。
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