——人が悲しみを越えるために、生み出した考え方
大切な人を亡くしたあと、
こんな言葉を耳にすることがあります。
「きっと、どこかで見守ってくれているよ」
「空の上から応援してくれてるんだよ」
信じる人もいれば、
少し距離を感じる人もいる。
では、この
「死んだ人が見守ってくれている」という思考は、
いったいどこから生まれたのでしょうか。
人類は「死」をそのまま受け止められなかった
人は、とても早い段階から
「死」というものに向き合ってきました。
考古学的には、
数万年前の人類も
- 死者を丁寧に埋葬する
- 花や道具を一緒に入れる
といった行為をしていたことが分かっています。
これはつまり、
「死んだら終わり」
ではなく、
「どこかへ行く」「何かが続く」
と考えていた証拠。
見守る存在という発想は、
人類が「死の完全な消失」を
受け入れきれなかったところから始まった
と考えられています。
脳は「関係が突然切れる」ことが苦手
心理学的に見ると、
この思考にはとても現実的な理由があります。
人の脳は、
- 昨日まで話していた人
- 毎日そばにいた人
が突然いなくなる、
という状況をうまく処理できません。
そこで脳は、
物理的にはいないけれど、
心理的にはつながっている
という状態を作ろうとします。
これが
「内的対象(ないてきたいしょう)」
と呼ばれるもの。
亡くなった人の声や価値観が、
自分の中で生き続ける。
「見守ってくれている」という感覚は、
この自然な心の働きから生まれます。
宗教・文化がこの感覚を“言葉”にした
この曖昧な感覚を、
分かりやすい形にしたのが宗教や文化です。
- 天国から見ている
- ご先祖様が守ってくれる
- 魂は残る
世界中の文化で、
ほぼ同じ発想が見られます。
これは偶然ではありません。
人がどこで生きていても、
- 喪失はつらい
- でも完全な断絶は耐えられない
という共通の感情を持っているから。
「見守っている」という物語は、
悲しみを生き延びるための翻訳
だったのです。
科学的に「本当かどうか」は、別の話
ここで大切なのは、
この思考を
- 正しい
- 間違っている
で切らないこと。
科学は
「証明できること」しか扱えません。
一方、
この考え方は
- 心を保つ
- 行動を前に進める
- 生きる意味をつなぐ
という役割を果たしてきました。
つまり、
事実かどうかより、
人を支えたかどうか
が重要だった、ということ。
なぜ「夜」に強く感じやすいのか
この感覚は、
特に夜に強くなりがちです。
理由は単純で、
- 外部刺激が減る
- 思考が内側に向く
- 感情が浮かびやすくなる
夜の脳は、
理屈よりも
記憶や感情を優先します。
だから、
「見ていてほしい」
「そばにいてほしい」
という思いが、
よりリアルに感じられる。
眠る前に、
亡くなった人を思い出すのは、
とても自然なことなのです。
「見守られている」と感じることは、弱さではない
この思考を
「逃げ」や「現実逃避」と
感じる人もいます。
でも実際は逆。
- 人は一人では強くなれない
- 支えを内側に作ることで進める
「見守ってくれている」と感じることは、
自分を保つための知恵です。
その感覚があるから、
- 今日をやり過ごせる
- 一歩踏み出せる
- 自分を責めすぎずに済む
そんな日もあります。
まとめ:この思考は、人が人である証
「死んだ人が見守ってくれている」という思考は、
- 人類史
- 脳の仕組み
- 悲しみへの対処
これらが重なって生まれた、
とても人間らしい発想です。
信じる・信じないは、
どちらでもいい。
でももし、
その考えがあなたを少し支えてくれるなら、
それは十分に意味のあるもの。
人は、
誰かに見守られていると感じたとき、
もう一日、生きていける。
この思考は、
弱さではなく、
人が生き延びるための力
なのかもしれません。


コメント